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この42年間に所有していた車たち(2)

常吉


続きです。
ジウジアーロのコンセプトモデルAsso di Fiori をほぼ忠実に再現したいすゞピアッツァ。唯一残念だったのは当時はドアミラーが認可されず、フェンダーミラーでデビューしたことくらいでしょうか。もちろん私はしばらくして社外品のドアミラーに付け替えましたが。

ISUZU PIAZZA XL 2.0L SOHC シングルキャブ5MT。(写真は多分XEですが外観の違いはホイールくらいです)
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この未来的スタイルだけでなく日本初の電子燃料噴射システム(EFI)がXEに採用されました。トヨタでも日産でもなく乗用車は117クーペとフローリアンしか持っていないいすゞがそれを出したという事は画期的なことでした。残念ながら私は予算の関係でキャブのグレードでしたが。

この角度から見たスタイルも大好きでした。車体を囲む赤(と黒)のアクセントラインが実にいいと思いませんか?
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操作類はハンドルの両脇にあるサテライトスイッチにまとめられました。その斬新な意匠だけでなく1981年にすでに透過式メーターを採用するなど本当に意欲的な作品でした。(XEはさらに進んだデジタルメーターを採用)
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走りははっきり言って、ダメでしたねぇ。このスタイルがそれを補って余るのでそんなことはいいんですけど。

この車を買って半年ほどで某自動車会社に転職しました。それまでいた部品メーカーには大きな期待をかけて頂き、とてもよくして頂いたのですが、エンジン研究の面白さを知ってしまうともう部品研究では飽き足りません。(その部品メーカーとも、出向していた会社とも、未だに当時の顔で繋がっています。人生人脈は大切です。)

当時HY戦争という消耗戦が勃発しその一兵卒が毎週のように募集されていたのですが、私は頑として4輪希望を押し通し、その何年か後にはF1の活動で有名になった和光市の4輪研究所に勤務することになりました。転職するんだったらウチに来いよと出向先からも声をかけていただいたのですが、いろいろ考えて新天地を目指すことにしました。

そうなると具合が悪いのはPIAZZAです。転職後1,2年は乗っていましたが、あれほど小気味よかったMTが全バラ修理後にフニャフニャになってしまった事などもあって乗り換えることにしました。

4代目 CIVIC RTi (1.6L SOHC 16vlv  6MT FFベース4WD) じみカッコいい!
CIVIC RTI_R

ようやく4バルブでそこそこ走る車に乗ることになりました。世の中ではHondaの車はカムが1本足りないよなどと揶揄されましたが、大事なことはカムの本数ではなく4バルブであることとセンタープラグであることです。エンジン研究職歴30有余年の私が言うのですから間違えありません,マジ。とは言え世間からの注目を浴びた4バルブDOHCが欲しかったのですが、残念ながら4駆にはそのチョイスがありませんでした。

4駆と言えば非常に評判のよろしくないオンデマンドタイプのビスカス4駆(時差ボケ4駆)でしたが、一度たりとも困ったことや不備を感じたことはありませんでした。そもそも車高がない乗用車なので、雪のない都会に住んで週末にスキーに行くくらいのユーザーだったらこれで十二分だと今でも思っています。この車は19万km近く乗ってついにクラッチが滑るようになり(←自分の運転を自慢しています)、栃木にある研究所への単身赴任が決まったのを機会に乗り換えるえることにしました。

Acty Street (550cc 2気筒 アンダーフロアミッドシップ コラム4MT?)
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いや、これに乗り換えたわけではありません。ようやく生活にも少しゆとりが出てきてその頃熱中していたオートキャンプ用に増車することにしたのです。それまでは会社の豪華なクラウンワゴンを週末毎借りていたのですが、毎週毎週借りるのも気が引けるということと、家内用の車も欲しかったので。これ以降我が家は2台体制が続きます。
アンダーフロアミッドシップという異色のレイアウトを持つこの車は面白かった。アクセルをオフにしたら曲がり切れないコーナーも怖さに耐えてアクセルを踏んでいるとすっと曲がってくれるんです。非力なのでいつもアクセル全開、気分はF1、いつしか私の通勤車に格上げになったのですが、ある日家内が乗っているときに脇道から飛び出してきた車に側突され、反対側の歩道脇のブロック塀をなぎ倒して廃車になりました。


日産サニーカルフォルニア 1.5L AT 
SunnyCal_R.jpg  
アクティストリートの後継としてキャンプ用・家内用に購入したものの、商用車のお化粧直し。どうでもいい車でした。FFなのかFRなのかも知りませんが、商用車ベースなのでFRだったのでしょう。ノーズ形状もそれを物語っています。この車は赤信号で先頭で停車中に雨でスリップしてきた対向車に突っ込まれて廃車になりました。

初代オデッセイS (2.3L SOHC FFベース4WD)
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その大ヒットが社会現象にまでなり、当時RVブームに乗り遅れて苦境にあった当社の救世主となった車です。このころのRV(今でいうミニバンやSUVのことで、HondaではLCV:Life Creation Vehicleと呼んでいました。)といえば商用車のお色直しだったために乗り心地や走りに大いに問題があったのですが、アコードのプラットホームを流用したこの車は乗用車そのもの。目からうろこが4,5枚落ちた多くのユーザーがこぞってこの車を買ってくれました。ちなみにこの車のエンジン開発責任者(と言っても基本は流用でしたが)として少ないリソースの中で大変苦労されたAさんは後に初代N-BOXの機種総責任者、軽自動車開発の全体総責任者を経て、現在はF1担当役員として活躍されている燃焼オタクだった元同僚です。

我が家でもオートキャンプやスキーに大活躍。生活を変えてくれた1台でした。



クラッチが滑り始めたシビックの後継は6代目アコード1.8 VTS FF
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GMの研究所(GMC)のA.A.Quaderというエンジニアが発見した軸方向層状給気(Axially Stratified Charge)という現象にT社と私がほぼ同時に目を付けて研究をスタートし、後に商品開発部隊の手によって世に出た予混合リーンバーンエンジンを搭載した通勤快足です。ちなみにT社はスワールコントロールバルブを、ウチは片側休止のVTEC-Eを使うことによってリーンバーンを実現しました。この車は14万kmでATが故障して乗り換えましたがとても快適な車でした。


10年に及んだ宇都宮での単身赴任が終わり、自宅に帰ることが決まったころアコードが壊れ、後継にはエアウェイヴ(4WD)を選びました。通勤車ですがこの頃はもうすっかり山登りに嵌っていたので快適な車中泊を主眼に選びました。
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世の中一般にCVTの評判は芳しくないのですが、皆さんトルコンレスCVTのダイレクト感知らないでしょ?そのダイレクトな伝達感と男3人でも寝られる広大な荷室や平均でも17-18km/Lという低燃費が相まってメチャクチャ好きな車でした。フェローマックスの次に好きだったかな。名車です!唯一の不満は足回りの貧弱さ。上信道上り線の軽井沢から横川までのワインディングは何度通っても憂鬱でした。18万km走って何事もなし。まだまだ乗れたのですが、60歳定年の記念に赤いフィットシャトルに乗り換えたのが大間違えでした。


RB2オッデセイ(2.4L FF)

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ほとんど家内専用車だったのでグレードすら覚えていませんが、スポーティカーと勝負する気になれる走りとワゴンを越える使い勝手、斬新なスタイリング。Hondaからの新しい車の提案だったと思います。意のままに操れるということで家内の大のお気に入りだった上に14万kmくらい乗ってもどこにも不具合はなかったのですが、車検を前にして私が勝手に買い替えを決めてしまいました。引き取られていくときに家内の目は涙が見えていたような気がします。今でも時々この車がどれだけ良かったのかというような話を聞かされます。深く反省…。

エアウェイブの後継はフィットシャトルにしました。
Fitshuttle_R.jpg

Hondaとしてもエアウェイブの後継車なのでその進化に期待して購入したのですが、大間違え。4WDだけはなぜかCVTではなく古くさい5ATが設定されているのですが(技術的なことではなく、多分サプライヤーへの配慮だと思っています。)、その出来の悪いこと。変速タイミングは遅いし酔うかと思うくらいの変速ショックが出るし。その特性を消すアクセルワークができるようになるまではずいぶん時間がかかりました。その上燃費はなんと12km/Lくらい。さらに言えば、一番上級グレードを発注したのにセールスマンが書類を書き間違えて下のグレードが納車されるという最悪のスタート。家内や同僚はありえないと相当怒りましたが、事を荒立てることは一切しませんでした。多分店長にも伝わっていないと思います。
買って後悔した車なんてこれ1台です。(FFやHEVはそんなことはないと思います。)4年7万キロ乗って家内に押し付けたのですが、家内の抵抗に遭って買い替えることになりました。

こうして振り返ってみると子育て期間中とそれに続く山登りがメインの趣味だった期間の車は便利だけが取り柄で、運転とか趣味性で言えばつまらない車ばかりでした。もっとも当時は比較車という名目で名だたる欧州車を半年か1年ごとに取り換えては毎日の通勤に使っていたので走りの欲求はそれで満たされていました。実にいい時代でした。

次回は現有の2台のBMWです。

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Posted by常吉

Comments 2

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EVer  
ピアッツァ

初めまして。

ピアッツァ、懐かしいですね~!
子供心に、あのライトのギミックが凄くカッコよく見えて、憧れの一台でありました。

親父の友人が乗っていまして、私が後部座席から後ろを走るピアッツァの方を見ると、パッシングしてくれて→大喜びする、というのを繰り返していました 笑

日本車離れしたデザインでしたね。

2018/09/10 (Mon) 16:58 | EDIT | REPLY |   
常吉  
Model S

EVerさん、

コメントありがとうございます。ピアッツァは心に残る1台でした。今見ても未来の車と言えるようなスタイルですね。一度ヘッドライトカバーをいたずらされて剥がされてしまった悲しい思い出も…。
ところでModel 3を予約されているのですね。私は乗ったことがありませんが、Model Sをテキサスで運転して暴力的加速に驚いたことがあります。日本では日の丸自動車が「赤穂浪士の足跡を辿る」のようなツアーに使っていて家内と利用しました。
納車楽しみにしております。

2018/09/11 (Tue) 07:08 | EDIT | REPLY |   

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